足跡
2006年03月31日

愛-Houseには世界中から人が集まり、それぞれの足跡を残して、去って行きます。
足跡のカタチは人それぞれ、手紙であったり、お土産だったり、愛読書、滞在中に使った食器、使いかけのコーヒー豆、部屋の匂い、あるいはそのようなモノではなく関係者の記憶に想い出を残す人、中には文字通り足跡だけを残して去り行く人もいます。
カウンターで30秒間道を尋ねた人は30秒分の足跡を、3年間働いた人は3年分の足跡を残します。
私にはどのような足跡を残せるのか、ふと考えてみました。
手紙やお土産は、多分残さないでしょう。
愛読書も、貴重なものが多いから、ほとんど持って帰るかな?
食器は、ペン立てに使っている湯飲み1つ、これは置いていってもいいかな。
コーヒーのような消耗品はないし、jumechiの匂いなんて窓を開ければ3秒で消えるだろうし、、、
やっぱり一番残せるものは、想い出かな。

これはモンゴルの風景画、大学院の同級生だったモンゴル出身の女の子が置いていったものです。
皆さんからの愛のワンクリックが活力源です。よろしくね♪ 夕暮れの愛-Houseから
2006年03月30日

今朝は久しぶりに厳しい冷え込みでしたね。
皆様いかがお過ごしでしょうか。
愛-Houseはようやく激動の季節を終え、再び名護湾をボーッと眺める余裕が出てきました。
本当にボーッと眺めていたので、写真を撮るのを忘れました^^;
いよいよ本年度も残り1日となりましたね。
来年度も皆さんにとって素敵な年になることをお祈りいたします。
皆さんからの愛のワンクリックが活力源です。よろしくね♪ 合掌
2006年03月28日

わが街の偉大なリーダーが昨夜、62年の生涯を終えた。
個人的には、助役時代からお世話になった。
当時学生だった私は、外国からの留学生から相談を受けると、よく彼に会いにいった。
彼は職務ではなく個人的に、彼らの保証人を快諾してくれた。
市長になってからは米軍基地の問題でさまざまな方面から重圧を受けながらも、政府に対して一歩も引くことなく、交渉し続けた。
この問題に関して逆の立場に立った多くの市民や政治家も、もともとは名護市発展のために共に汗を流した仲間、心の中では互いに支えあっていた。
その仲間たちが記者会見で、口をそろえて「立派な政治家だった」と言い、別れを惜しんだ。
彼が市政方針の第一に挙げていた「小さな世界都市」構想は、新しい市長に引き継がれた。
私も市民の一人として、お世話になった者の一人として、そして愛-Houseスタッフの一員として、自分の周囲に小さな世界都市を築くべく力を尽くしていこう。
彼の周囲にいた人は、みんな気付いていたと思う。
彼が命を削りながら仕事に打ち込んでいたことに。
私はあなたのことを一生忘れないでしょう。
ありがとうございました。
お世話になりました。
どうか、どうか、安らかにお眠りください。
浜風を浴びに
2006年03月27日

今年の冬は雨が多かったですね。
きちんと日数を数えたわけではありませんが、私にはそう感じられました。
おとといは久しぶりに天気がよかったので、仕事を終えてから近所の海岸を散歩しました。
名護市宇茂佐地区のレストラン「ふりっぱー」(イセエビやステーキがおいしい店、だそうです)の裏の浜です。
初めて一眼レフを買ったとき夢中で練習した場所で、一人きりになりたい時によく歩き回った場所でもあります。
愛-Houseビーチともつながっています。というより同じ浜です。
これといって何もないんですが、いつも夕方になると近所の人々が散歩していて、このあたりまえすぎる光景にホッとするんですね。

こんな風に静かに浜風を浴びるのも、たまにはいいかもしれません。
皆さんからの愛のワンクリックが活力源です。よろしくね♪ 屋部川のマングローブ
2006年03月27日

このブログのお気に入りにも入っている「奄美カンポンLIFE」に減りつづけるマングローブの記事が載っていました。
そこで山原における状況はどうなのだろうと思い、愛-House近くを流れる屋部川に行ってみました。
多分2001年前後(97年前後だったかなぁ^^;)に、そこで移植作業を見かけたからです。
私が見たときは30名ほどのボランティアの方々が両岸のかなり広い範囲で移植していましたが、久しぶりに意識して見ると、かなりまばらになっていました。

川岸はゴミだらけで、水もひどい臭いでした。
マングローブの成長が遅いのか、あまりにも汚い水にマングローブが枯れてしまったのか、気になります。
皆さんからの愛のワンクリックが活力源です。よろしくね♪ サンタクルス発、和風安眠?ベッド
2006年03月26日

今月9日の記事に週末プチ旅行の話を書きました。
そのホテル前から街の中心向けに最初の角を北に曲がると、Calle Libertadという小さな通りに出ます。
お土産屋さんや小さなショッピングセンターなどが並ぶかわいらしい通りで、私は好んでこの道を歩いたものでした。
週末のある日、いつものようにホテル コパカバーナを出て散歩に出た私は、一軒のショーウィンドウの前で思わず釘付けになりました。
その頃ボリビア人の間で日本語(の文字)が流行っていることは知っていましたが、まさかここまでやるとは想像していませんでした。
(刺青やシャツやカバンの刺繍には「愛」。「誠」、「友」、「侍」のような文字がよく使われていました。)
「愛情」、「幸福」、「運命」、「平和」、「友情」、「調和」etc...
いやぁ、すごい勢いですね

製作者の想いがたくさん込められてるのは解るんですが、何も眠る人にここまで訴えなくてもいいのではないでしょうか。
これじゃ、いい夢を見るよりも、うなされそうですね

よく英語のロゴ入りTシャツを意味も知らずに着けている人がいますが、場合によっては意味を知らない方がいいのかもしれませんね


しかしよく観ると、ポルトガル語訳が付いていました(スペイン語と似ているので意味はすぐに解ります)。
製作者はどうやらブラジルの方のようです

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広がる出会い
2006年03月23日

私がブログというものを知って約10ヶ月が過ぎた。
このブログの最初の記事にも書いたが、ブログを通して本当にたくさんの出会いがあった。
友人の息子さんがてぃーだブロガーだと知り、急速に親しくなったこともあった。
私にブログ開設のきっかけを与えてくれた人が、実はボリビア時代の友人の元同僚だった。
ふるさと奄美関係のブログにコメントを書き込んだら、隣のコメントの人が自分の幼馴染だった。(写真好きの人にオススメ)
そして今週ついにネットの彼方の人々と現実に会うことができた。
ブログ開設からわずか4ヶ月、あまりにもドラマチックな展開だった。
これからどのような出会いが待っているのか、とても楽しみだ。
このブログを訪問してくれる人の中でまだこのような経験をしていない人たちに、ぜひともブログ開設を勧めたい。
あなた方は知性豊かで人生経験もユニークだから、きっと素敵なブログを書けるはずだ。
そしてその先には、きっと大きな感動が待っていることでしょう。
万一望まない出会いがあったとしても、大丈夫。
悪質な書き込みは削除できるし、放っておけば自然に来なくなるから。
私も開設以前はコメント専門だったけど、今のほうがはるかに楽しいし、現実の世界においても人の輪が広がり続けている。
開設の際にはぜひともてぃーだを^^技術的なお手伝いもできる範囲でいたします。
あ、もちろん他のブログサイトも様々な魅力を持っているから、当ブログお気に入りから、いろいろ覗いてみてください。
皆さんからの愛のワンクリックが活力源です。よろしくね♪ 障子を張りながら
2006年03月22日

皆さんからの愛のワンクリックが活力源です。よろしくね♪今日から障子張り業務再開であぁる。
だいぶ慣れてきたが、まだまだ作業がのろいのだ。
BBQの余韻に浸りつつ、ひたすら糊を塗り続けている。
愛-Houseではここ数日、山口県から来た病院関係者が泊まっている。
彼女の目にjumechiはどう映っているのだろうか。
障子職人?、、、いやいやとてもそうは見えないだろう。
障子担当事務員?、、、う~ん、何か変かも^^;
そういえば3度目のボリビア渡航のとき、とある村の日系社会の自治体で働いた。
到着したその翌日から3週連続で会員が亡くなり、自治体主催の葬儀が行われた。
職場の日本語担当でもあったjumechiは、着任直後からその司会を任された。
(他の職員が皆地元育ちで故人と親しかったためでもある。)
後日聞いた話では、見慣れぬ日本人の司会に、多くの村人が「自治体が日本の葬儀屋を雇った」と誤解したらしい。
これまで様々な職場で様々な業務を体験し、それが今の自分の財産になっている。
でも周囲から見たjumechiのイメージは、多分謎だらけなんだろうな。
何度も桟に糊を塗り紙を張りながら、あまり意味のないことを考えてみた。
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てぃーだ1周年写真報告
2006年03月21日
皆さんからの愛のワンクリックが活力源です。よろしくね♪てぃーだブログの1周年記念BBQに参加してきました。
昨日はスタッフの方よりも早く着いてしまい、なんだか飲む気ムキダシみたいで少し恥ずかしかったです。
しかしたくさんの人と知り合えたし、ブログ運営に関するアドバイスもたくさんいただけて、とても充実した2日間でした。
スタッフの皆様ごちそうさまでした。
お姫様方とのお付き合いもお疲れ様でした。
人間以外とのびっくり!な出会いもありました。
会場の柱に足跡を残してきました。
そして、いつも通りの展開です^^;
皆さんとの出会いに感謝!
久々にたくさんの元気をいただきました。
さようなら、そしてありがとう名瀬市
2006年03月19日

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皆さんからの愛の1クリックが活力源です。よろしくね♪奄美群島の中核都市、鹿児島県名瀬市。
私が生まれてから高校時代までをすごした街です。
いい思い出ばかりではないけど、20代の頃は何か行事があるとき以外ほとんど里帰りしなかった街だけど、それでも間違いなく私の大切なふるさとの街です。
その名瀬市が、あと6時間ほどで約60年の歴史を閉じます。
周辺の町村と合併して「奄美市」になるのです。
ふるさとの地名がなくなるのって、少し寂しいですね。
そういえば沖縄で「うるま市」が誕生したとき、友人に「君は村民、町民、市民を立て続けに経験したんだね」と言った記憶があります。
彼が大学に入学した頃はまだ与那城村、まもなく与那城町、そしてうるま市になったのです。
ふるさとの地名が変わることがこんなに複雑な感情をもたらすものだと、今になってわかりました。
無神経なことを言ってごめんなさい。
さてさて、明日はいよいよてぃーだBBQです^^
いつまでもシンミリしてばかりはいられません。
いろいろと準備しなきゃ。
てぃーだBBQにレッツゴーよ!!
2006年03月18日

皆さんからの愛の1クリックが活力源です。よろしくね♪てぃーだブログ1周年BBQがいよいよ明後日に迫っているというのに、山原の空はかなり荒れ気味。
ブロガーたちとの出会いにワクワクしているjumechiの心もちょっぴり荒れ気味

しかーし!いまYahooで天気予報を見たら、明日はお日様にっこりマーク

火曜日までなんとか持ちこたえてくれそう。
この冬から春にかけて異常に多かった雨に耐え、原チャでぬれながらも毎日がんばって出勤したんだから、お願い!
月曜日は晴れてぇぇぇっ!
てぃーだブロガーの皆さん、当日エントリーもOKみたいですよ

ぜひぜひ、参加して、jumechiのおしゃべり相手をしてやってください。
実は知り合いが全然いなくて少し心細いんです

てぃーだ以外の皆さんも、今回参加できない皆さんも、いつの日かお会いできるのを楽しみにしています♪
You see only what...
2006年03月17日

皆さんからの愛の1クリックが活力源です。よろしくね♪私の肉眼に映る画像とファインダーを通してみた風景、できあがった写真はそれぞれ全く違った表情をしている。
同じように私の目に映る情景と他の誰かの目に映る情景は全く違っているのかもしれない。
いま私が感じている青とあなたが感じている青が同じ色か否かは証明のしようがないから、これは断定も否定もできない。
とりあえず世間一般ではこのような色を「青」と呼んでいるから、私もあなたも「青だな」と思う。
ただそれだけのこと。
ものには無限の表情や色がある。
いま我々の目に映る情景を決定しているのは、単に視点の置き方や個人の感覚の違いだけではないだろう。
その人がこれまで生きてきた歴史やその人が生きている時代、所属する社会集団といったものが複雑に絡まりあって、その人にその情景を見させているのだと思う。
いま見ているもの、それは厳密に言えば「いま見ていると信じているもの」あるいは「いま見させられているもの」ではないだろうか。
人間は自分が思っているほど主体的に考え、行動する存在ではない。
これは多くの構造主義者が言っていること。
生活環境が何度も変わり、様々な社会集団に出入りするうちに、いつの間にかこのような考えを自然に受け入れるようになってきた。
歳を重ねるとは、こういうことなのだろうか?
自分についての無知を知り、人それぞれに見える情景が違うことを知ること、それは人間が仲良く生きていくうえで大切なことだと思う。
年度末を迎え皆が忙しくなり互いに気遣う余裕がなくなりそうな今日この頃、ふと尊敬する先生からいただいた言葉を思い出した。
"You see only what you expect to see."
「君は君が見えると予想するものだけを見ている。」
常に覚えておきたい言葉だ。
人生を、取り戻そう
2006年03月16日

皆さんからの愛の1クリックが活力源です。よろしくね♪おととい以来なんちゃって障子職人と化しているふめち(jumechi)であぁる。
最近ブログが滞り気味なのは、決してネタ切れではなく、忙しくて話を練る暇がないのだ。
このまま筆を止めてブログランキングが下がっても困るし、
おととい、まぁ君の日本最後の夜に徹夜で付き合った。
彼の帰国準備が整ったのは午前0時
とりあえず近所のトンカツ屋さんに遅すぎる晩御飯を食べに行った。それから彼のお友達の名桜大学生たちを呼び出してカラオケへ、、、午前2時にカラオケに呼び出されてもニコニコして元気いっぱいの大学生たち、、、若いっていいなぁ

ラテンのノリで歌って踊って飲んで、もうどのジョッキが自分のかもわからない状態で手元にあるビールをあおりつつ更に情熱的に踊った。
ふと我に返ると午前7時、、、
ふ「まぁ君、空港への出発は何時だっけ?」
ま「8時半だよ
」
その日彼は羽田空港で機内に大切なギターを置き忘れ、成田に到着してから気付いた

ミュージシャンまぁ君にとって、そのギターは「我が人生」なんだそうだ。
人生を置き忘れた男、まぁ君

大丈夫、ギターは那覇空港に送り返してもらうから、そして多分、スタッフなっちゃんが取りに行くから。
アルゼンチンのでっかい空から、人生を取り戻すために、いつでも愛-Houseに帰っておいで!
はぁ~、まぶや~まぶや~
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ああ、忙しい。
2006年03月14日

皆さんからの愛の1クリックが活力源です。よろしくね♪今週のjumechiの最大のお仕事は愛-Houseにあるすべての障子の張替えです。
先週末にボスから命令が下されました。
ボスのボスのボスが愛-Houseを訪ねた際につぎはぎだらけの障子を発見され、こっぴどくしかられたそうです。
次に訪ねてきたとき改善されていなければ、ボスの身に大変なことが起こるそうです。
ボスも大変なんだね^^
ボスはちょっぴり八つ当たり気味なんだけど、jumechiは小学生以来約20年ぶりのお仕事を楽しみながらやるつもりです。(あの頃は冬休み恒例のお手伝いだったんだよ。)
jumechiが楽しそうにやってると、ボスは余計腹が立つんだろうなぁ^^;
ボス、イライラすると胃に良くないですよ♪
なんてこんなブログを書いている間も、ボスは明日出発する研修生まぁ君の帰国準備に追われて走りまわっています。
仕事してるフリがばれたらjumechiの身に大変なことが起こるでしょう。
だからさっさと投稿して、本当に仕事に戻りますね
祝!てぃーだブログ1周年!!
2006年03月13日

皆さんからの愛のワンクリックが活力源です。よろしくね♪お世話になっているてぃーだブログ様が今月21日に1周年を迎えられるそうです。
ベテランブロガーが多いようなのでもっと歴史の長い組織かと思っていましたが、以外に新しいんですね。
3月20日~21日にかけて恩納村希望が丘において記念BBQが開催されます。
BBQも魅力的だけど、一晩中飲み明かせるのも素敵だけど、何よりも他のブロガーさんと出会えるのがとてもとても楽しみです。
みんなどういう人たちなんだろう?jumechiのことはどんな風に想像されてるんだろう?
このブログに遊びにきてくれるティーだの皆さん、もしご都合がよろしければ、希望が丘でお会いしましょう。
てぃーだ以外の皆さんも、そのうち機会を作ってお会いしたいですね♪
1週間前からウキウキを抑えきれません。
まるで遠足前夜の小学生みたいです^^;
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バイバイみぃちゃん(;_;)/~~~
2006年03月12日

皆さんからの愛の1クリックが活力源です。よろしくね♪愛-House研修生のみぃちゃんが今朝帰国の途につきました。
昨夜、愛-Houseスタッフで送別会&ミソヂまであと一年だねパーティをやりました。
焼肉とカラオケでした。
肉食動物みぃちゃんは1980円の食べ放題で、おそらく3000円分以上は食べたともいます。
もちろん他の参加者も同様です。
勝手に持ち込んだケーキを冷蔵庫で預かってくれた親切なお店の方、コメンナサイ^^;
カラオケでは演歌大好きみぃちゃんが「津軽海峡冬景色」ほか、聞いたことはあるけどタイトルを知らない歌を熱唱しました。(多くの日系社会では演歌=日本の心なんですよ)
jumechiはそれに対抗して「かいじゅうのうた」を歌いました。
あまりにも楽しくて、涙流すのを忘れちゃったよ。
みぃちゃんが残した最も印象的な言葉は「ゴハネーラ」です。
意味は「ゴ飯ヲ作ル機械」だそうです。
4名いた研修生の内これで3名が帰国し、まぁ君1人になりました。
彼もあさって水曜日に帰国します。
そして愛-Houseはこれから、静かで少し寂しい半年間を迎えます。
今年の9月、またやんちゃ坊主どもが集まってくるのをちょっぴり憂鬱に、そしてかなり楽しみに待っています。
愛-House的数学
2006年03月11日

皆さんからの愛の1クリックが活力源です。よろしくね♪数学をまじめに勉強しようとやってきた方、ごめんなさい。
ただいま思考がほぼ停止しておりまして、ふと頭に浮かんだ言葉をつづっただけです。
さて、上の写真は素材屋さんからお借りした、法律専門喫茶「Law」です。
沖縄のどこかにあるんだそうです。
管理人さんがナイスなコメントをつけているので、紹介します。
「『法律専門喫茶』だそうです。その名も『Law』。メニューの代わりに六法全書が出てくるのでしょうか?マスターは弁護士で、ウェイトレスは司法書士かもしれません。メニューなんかも、『公職選挙法と罹災都市特別処置法のブレンド珈琲』とか『教育基本法と風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律のちゃんぷるー定食』とか有るかも知れません。お客さんも、ジュリストなんかを見ながら司法試験の過去問解きつつ、ゆったりとしたひとときを過ごしている方々がお集まりなのかもしれません。夜はカラオケが有るそうなのですが、曲に合わせて法律の条文歌ったりしておられるのかも知れません。」
ところで最近、パソコンの変換機能がおかしいんです。
日本語があまり得意でない研修生たちに貸していた影響もありますが、ブログで顔文字や半角カタカナを使用することも関係していそうです。
とくに助詞が壊れていて、の→野、に→ニ、な→ナ、がよく出てきます。
学習機能を「なし」にしましたが、すでに手遅れです。
ブロガーの皆さん、パソコンは大丈夫ですか?
いま、「ブロガーの」とうったら「風呂ガー野」になりました。
さっきお礼状発送のため先方の住所を入力していて、「名護市許田」を出そうとしたら「名護死去だ」が出てきました。
低血圧気味でぼーっとしていた頭が、さらにブルーになりました。
私がよく使うお茶目笑いの顔文字(≧∀≦)ですが、実はカッコ内はすべて「すうがく」からの変換なんです。
(すうがくすうがくすうがく)であの顔になるんです。
とても数学ができそうな顔には見えませんけどね(笑)
ホテル コパカバーナの思い出
2006年03月09日

皆さんからの愛の1クリックが活力源です。よろしくね♪久しぶりにボリビア時代のCDを開いたら、懐かしい写真が出てきました。
サンタクルス市の中心部にある「ホテル コパカバーナ」、私が週末のプチ旅行に愛用した宿です。
その頃私が働いていた村は、サンタクルスから100キロほど離れた農村でした。
地平線のかなたまで畑が広がっているし、住民もみんな暖かい人たちで素敵な村なんですが、遊び盛りの20代の少年にとって、何ヶ月も田舎で暮らすのはやっぱりストレスがたまります。
そのため最低でも2ヶ月に1回、できたら月に2、3回は週末のプチ旅行をしていました。

小奇麗なホテルに泊まって世界中から集まってくる観光客と友達になり、いろいろな国の料理を食べ歩き昼間からワインがぶ飲みの1泊2日の旅。
その間全く日本語に触れないのも、結構ストレス発散になります。

通りから見えるのはホテルの玄関のみで、そこから奥に入るとパティオ(中庭)のレストランにつながります。
そのパティオを見下ろす壁に沿って客室があります。
とても開放的な空間なので、客の心も開放的になり、窓から顔を出して向かいや隣の部屋の人とお話ができます。
盛り上がってきたら「そっちにワイン持って遊びにいっていい?」となります

今になって思えばとても優雅な生活です。
でもあの頃は月給500米ドルでこのような遊びを月に数回やって、休暇には一週間くらいのバス旅行もやって、それでもきちんと貯金できていたんです。
あぁ、ボリビアが恋しいよ、、、日本社会に完全復帰するにはもう少し時間が必要かも。。。
ごめんなさい、休刊です。
2006年03月09日

皆さんからの愛の1クリックが活力源です。よろしくね♪今日は愛-House研修生まぁ君とみぃちゃんの研修修了式があって、さっき打ち上げがはじまったところ。
みんな明日も通常勤務というのに、タフだねぇ^^
というわけでワタクシもこれから参加します。
明日は通常通り営業するからね♪
民族的多様性の維持、二極化、そして階層化
2006年03月07日

皆さんからの愛の1クリックが活力源です。よろしくね♪おとといの記事「南島的季節感」は、追記へのトラックバック記事において「沖縄(以下、琉球列島全体を含む)以外の日本をなんと呼ぶか」という話題に発展した。
その中で、そもそも沖縄とそれ以外の日本を区別する必要があるのか、という問いが提示された。
最初私は、区別するのは琉球王国民の末裔としての民族意識ではないかと考えた。
それなら、このような意識をなくすのではなく、むしろ他の地域の人に理解を求めることが大切ではないかとコメントした。
日本人という国民としてまとまると同時に、その中に民族的多様性を認め互いの立場を尊重しあうべきではないかとも述べた。
しかし全体としては、沖縄とそれ以外の地域を区別することに慎重な意見が多かった。
多くの人が「ヤマト」、「本土」、「内地」に嫌悪感や違和感を抱いてることから、末裔たちが何気なく使うこれらの言葉ないしその根底にある区別に差別的な意識が含まれ得ることは、ほぼ明白といえるだろう。
しかしこれらの言葉や区別する思考を取り除いたとき、果たして民族意識は、民族の多様性は維持できるのだろうか?
トラックバックしてくださったTstsshihicaさんのコメントから、そのヒントを見つけた。
「確かに理解を求めるというのも、重要ですね。ただ、この意識が、沖縄にとって沖縄の問題を考えるとき、『わった~は違うからいいさぁ~』という逃げ理由付けに使われていないだろうかとふと思っています。」(Tstsshihicaさんのコメントより引用)
日本人全体に対して「わった~は違うから」と考えるのは、多様性の維持ではなく二極化ではないだろうか?
私が多様性ではないかと考えたものは多くの人にとって二極性と捉えられており、この両者は表裏一体なのだ。
私は多様性の維持は大切だと考えるが、二極化は日本人であることの否定、そして排他的な思考につながりやすいため(必ずではないが)、沖縄自体のために好ましくないと考える。
ウチとソト、自己と他者を区別することにはこのような危険な一面も含まれるのだということに気付かされた。
余談だが、その記事のコメントにもう1つ面白い言葉があったので、紹介させて欲しい。
「沖縄の中のマイノリティー?というと語弊があるかもしれませんが、その人々が、呼称に関してどう思うか?も気にしていかないといけないような気がしています。」(Tstsshihicaさんのコメントより引用)
沖縄の中のマイノリティー、これもまた忘れてはならない問題だ。
具体的には沖縄本島(および近隣のいくつかの島)以外の人間、歴史的には琉球王朝に従属していた島の人々だ。
私のふるさと奄美大島では一般に、「シマ」と「ヤマト」を区別するときは自分たちは沖縄の側に属するが、「オキナハ」という言葉を使うときにはそこに自分たちは属さない。
周辺諸島の1つになるのだ。
最初それは奄美が鹿児島県だからだと思っていたが、宮古島出身の後輩が「沖縄の人は、、、」と本島の人間について語るのを見て宮古も奄美と同じ立場にあるのだと感じた。
さらにある人類学の先生から、「自分のことをウチナーンチュだと思っているのは本島出身者だけだよ」と聞かされ、沖縄とその周辺諸島という二項対立の概念があることを知った。
周辺諸島をひとくくりにするような概念は聞いたことがないから、おそらく「シマンチュ(奄美ではもっぱらこれが使われる)」、「ミャークンチュ」、「ヤイマンチュ」のような言葉には各々の島と他の琉球列島という二項対立が含まれているのだろう。
各々の島と沖縄本島の間に対立があるのかどうかは知らないけれど、これについてはもっと勉強してから語ろう。
さらに余談だが、私が首里に住んでいるときも名護に住んでいるときも親戚から「あんたはナーファンチュだね」と言われた。
もしかすると周辺諸島の人にとって沖縄イコール那覇なのかもしれない。
沖縄とそれ以外の地域という区別は従来の多様性の維持であり、二極化でもあり、さらに二極化したうちの一方において二極化が起きて、、、という階層化でもあるのだ。
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